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2-5 鉢合わせ 1

last update Last Updated: 2025-09-25 18:41:55

――翌朝10時。

真琴のマンションのキッチンに、コーヒーの香りが漂っている。

沙月はスマホを手に取り、メールを確認していた。

『正式採用通知:報道部編集補佐としての配属決定』

『歓迎パーティーのご案内:今週金曜19時より』

「フフ……」

沙月の顔に笑みが浮かぶ。

「……正式に決まったんだ。いよいよ長年の夢だった記者として働くことが出来るのね」

採用通知が届いたことを一刻も早く真琴に報告したかった沙月はすぐにメッセージを送った。

『正式に採用通知が届いたよ。パーティーもあるみたい』

するとすぐに真琴から着信が入ってきた。

『もしもし? 採用通知届いたのね!?』

通話口から真琴の興奮した声が聞こえてくる。

「うん、そうだけど……ねぇ、電話しても平気なの? 仕事中じゃなかったの?」

『今、顧客のところに向かってる途中だから平気よ。改めて言わせて。おめでとう、沙月!』

「ありがとう……でも、私ドレスが無いの。ねぇ、真琴。パーティー用の服、何か貸してもらえない? 古いので構わないから」

すると通話口から真琴の驚いた声が聞こえてきた。

『え? 何を言ってるのよ。せっかく新しい門出を祝うパーティーなのよ? ここはドレスを新調するべきよ。早速今夜新しいのを買いに行きましょう。ちょうど私もスーツを新調しいと思っていたところだったの。就職が決まったお祝いに私にドレスをプレゼントさせてよ!』

まさかの申し出に慌てる沙月。

「ええっ!? だ、だめよ! いくら何でもそんなこと……悪いわよ」

『いいから、いいから。私を誰だと思ってるの? これでも若手弁護士として、世間では少し有名なんだから。こういう時はね、素直に好意を受け取るものよ?』

真琴が有能な弁護士で高給取りなのは、このタワーマンションを見ればよく分かる。

「……うん。ありがとう、真琴。それじゃお言葉に甘えさせてもらうね。でも、いつかこの恩は必ず返すから」

「アハハハ……沙月ったら何言ってるの。おおげさね、それじゃ待ち合わせ場所だけど……」

その後、2人は待ち合わせの場所と時刻を決めると通話を終えた。

「……あら?」

沙月は、ふと画面に表示された通知に目を留めた。

【天野司より振込:1000万円】

「……!」

添えられたメッセージを見て、思わず息をのむ。

『一応、天野家の妻だろう? 貧相な格好でパーティーに出席するな。天野家からの“
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